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【イニシエーション・ラブ】制作日誌

映画化への道のり

2004年に発表された乾くるみの小説「イニシエーション・ラブ」が、10年後の2014年、テレビ番組等での紹介によって一躍注目され、1ヶ月で21万部増刷された(2015年3月現在140万部突破)。それを機に映画化のオファーが出版社に殺到。乾のアイデアを盛り込んでフレキシブルに対応した日本テレビが映画化権を獲得した。小説の「叙述トリック」を、映像表現を駆使して映画ならではの「映像的トリック」に作り上げるため、堤幸彦監督の起用が決定。しかも、堤は作品の舞台となる80年代のカルチャーにも造詣が深く、撮るべくして撮ることになったといえるだろう。原作は「映画化不可能」と言われる小説ならではのトリックを使った作品ではあったが、乾が提案した映画用の叙述トリックによって、映像化の突破口が開かれ、そのアイデアを元に、主に舞台で活躍していた新鋭の井上テテが脚本を書き上げた。キャストには、鈴木に松田翔太、マユに前田敦子、美弥子に木村文乃というこれ以上ない魅力的な俳優が集結した。

静岡編

撮影は、前半・静岡編、後半・東京編に分けて行われた。クランクインは2014年10月18日。マユと鈴木が出会う居酒屋でのコンパのシーンの撮影。肩パッドのスーツ、アラレちゃん眼鏡、ソバージュ等ザッツ80年代ないでたちの俳優たちが並び壮観だ。その中で、マユをどういうふうに演じようか悩んでいた前田敦子だったが、堤が指示した、カメラ目線で小首をかしげるという仕草をやったことで、マユの方向性を発見したという。このマユのカメラ目線は以後必殺カットとして何度も登場する。撮影スタッフは常に「マユかわいい〜!」という気持ちで撮り続けたと言い、堤も終始「かわいい、かわいい」を連発していた。いつもは「かわいい」と言われることが好きではないと言う前田だが、この役はかわいさが必要と割り切り、男の人のある種の理想を体現し続けた。前田は、この作品では、アイドルのような海での水着シーン、ちょっとはすっぱに喫煙するシーン、キスシーン、軽いベッドシーン、暴力を振るわれるシーンなど「体を張るシーンが多く、頑張りました」と振り返る。冴えない鈴木が夢中になる可愛い女の子役を演じるに当たり、前田はカメラが回っていない間もテンション高く、現場のアイドルのように存在していた。彼女に影響されて松田翔太はじめ共演者たちは皆、終始わいわいにぎやかだった。まるで劇中、みんなが海やテニスや飲み会で盛り上がっているかのように。静岡、都内近郊などで撮影した後、11月10日にクライマックスのクリスマスシーンを筑波のホテル前にて撮影し、11月12日に、八王子のデパートCELEOでの買い物デートの撮影で静岡編はクランクアップ。

静岡県内の主なロケ地:マユと鈴木がデートするバー:びすとろ光輪(清水区)噴水のある公園:常磐公園(葵区)鈴木がジョギングしている道:静岡県立美術館(駿河区)その他、鈴木がイメチェンのため買い物している店も県内の実在店舗。

東京編

11月15日、東京編の撮影開始。神田錦町のビルにて、鈴木の会社生活を撮影した。松田翔太は「テンションの高かった静岡編にちょうど疲れてきたあたりで東京編になって、役の感情とシンクロしているようだった」と笑った。東京編の現場は、ちょっとしっとり大人な空気だったとか。ここから美弥子役の木村文乃が参加。マユと比べて美弥子は都会の女で、少し自信ありげなカメラ目線や、挨拶するときに「本社採用の〜」と強調することなどを堤が演出した。2秒で美弥子に恋に落ちそうになる鈴木の視点をハイスピードで撮影し、堤も俳優陣も、美弥子の強烈な魅力に盛り上がる。鈴木の同僚・海藤役は三浦貴大。『SPEC~翔』『SPEC~天』に参加している三浦は、今回も、かなりなまった静岡弁や大きな動きを堤に演出され、美弥子にうざがられる男をユーモラスに演じた。もうひとりの同僚でのちに演劇に目覚める梵ちゃん役は、映画監督でもある前野朋哉で、短い出番の中、朴訥ながらクリエイティブなものをもった未成熟な男を印象的に見せている。

鈴木

静岡と東京ふたりの女性の間で揺れ動く鈴木を演じる松田翔太。鈴木を「当たり前の正義感があって、恋愛においても生活においても、意識して正当であろうとしている人間だと感じました。そのためストレスが溜まりやすく、いきなり感情を解放してしまうことがある」と分析。東京生まれでスタイリッシュなイメージのある松田が、地方都市育ちの青年の、ごくフツーな恋愛初期、倦怠期、破局期、新たな恋愛という気持ちの流れをナチュラルに演じている。様々な女性の言動にびっくりする間合いなども絶妙で、現場を沸かせた。

マユと美弥子

鈴木と恋愛関係になるマユと美弥子。ふたりは何かと対照的だ。堤は静岡編の画面をアンバー系の色味にして、東京編をブルー系に統一した際、「マユアンバー」「美弥子ブルー」と名付けていたくらいだ。都会的で洗練された美弥子に対して、マユは地方都市で生活する女性なので、80年代ファッションを10着ほど着替えるのだが、先端過ぎるものは着ていないという設定にして、あえて80年代の象徴的な肩パッドの入った服は着ていない。そういう細やかなところも見どころのひとつ。前田は東京編の前にひとりクランクアップしていたが、何度か東京編の撮影に見学に来た。だが、鈴木と美弥子の重要なシーン(横浜のジャズバーで撮影)の時は、堤から見学禁止を言い渡されたと言う。鈴木が美弥子に気持ちが動いていく繊細なシーンに、マユが現れると気持ちが揺れてしまうからという配慮らしい。前田は、美弥子の演劇部の後輩との飲み会(本所吾妻橋の居酒屋)のシーンと、クランクアップの劇団北斗七星の演劇公演のシーン(流山の江戸川大学)に見学に。羽をつけた劇団員が前田のお気に入りだとか。

クランクアップ

クランクアップは11月29日。流山の江戸川大学にて、美弥子の出身劇団の公演を鈴木、海藤たちが見に来るシーンなどの撮影が行われた。小雨が降る中で何度か中断を余儀なくされたが、無事終了。松田翔太、木村文乃のシーンに、先にクランクアップしていた前田敦子も駆けつけた。皆、一様に「楽しかった!」と撮影の日々を愛おしんだ。

ギミック

原作の叙述トリックに代わって、映画の編集技術を使った映像的トリックが仕掛けられた『イニシエーション・ラブ』。ある種アナログなやり方で、観客に挑戦するのが今回のねらい。クライマックスのシーンで、事実がすべて明らかになったときの松田と前田の表情が圧巻。前田の表情を堤は「歴史的な目線」と言った。大型クレーンを使ったダイナミックな撮影で、ドラマティックに見せている(カメラはREDを使用)。本編はもちろん、それ以外の部分にも悪戯が仕掛けてある。そのひとつが、亜蘭澄司で、映画業界の人にはおなじみの偽名アラン・スミシーをもじったものだ。亜蘭澄司とは何なのか…。多方面にわたりギミックが仕掛けられている。

堤監督ならではの演出

堤作品といえば、小ネタ。最近作『悼む人』はシリアスで小ネタが入る余地のない作品だったが、『イニシエーション・ラブ』では復活。堤自身の学生時代のひとり暮らしの部屋にあった輪ゴムすだれを再現するなど遊びがある。マユの周囲に花が咲き乱れるカットも、遊び心だ。中でも気になるのは、蟹。マユが鈴木と部屋で過ごすとき、静岡編と東京編の2回、蟹が登場する。その後も蟹は何度か登場。美弥子と鈴木がはじめて入るホテルの名前は「CRAB〜」とあり、入り口もなぜか蟹仕様。クリスマスイブの美弥子の家の食事にも蟹が出て来る。これは、マユが“蟹座”だからというちょっとした遊び心だという。80年代カルチャー、小ネタ、大掛かりな仕掛けなどトリッキーな演出が盛りだくさんの反面、男女の恋愛の機微の部分は丁寧に撮られている。誰もが感情移入できる喜怒哀楽が明確であるからこそ、騙しの仕掛けが活きてくる見事な演出となっているのだ。

音楽

堤いわく「名曲はどんな場面にも合う」とのことで、各場面に、「ルビーの指環」「君は1000%」「SHOW ME」など80年代のヒットチューンがかかりドラマを大いに盛り上げる。ある種の音楽映画のような体裁になっていて、劇中使用曲によるコンピレーションアルバムも発売される予定だ。その分、劇伴はまったく違った楽曲が用意された。いつも使う楽器にこだわるという堤は、今回はアコーディオンの音を使いたいと考えた。『SPEC』の楽曲も手がけたガブリエル・ロベルトが作った哀愁のあるバンドネオンの曲は、古いようで新鮮なようで、80年代の限定された世界観に、男女の恋愛の普遍的な熱情を表現する。

80年代カルチャー

時代設定は86、7年。当時ヒットした歌謡曲が映画を彩り、劇中には当時流行った、肩パッド入りのジャケット、ハイウエストのパンツなどの衣裳、刈り上げヘア、ソバージュなどのヘアスタイル、アラレちゃん眼鏡、黒電話、エアジョーダン・ファースト、ブーツ型ジョッキなどのグッズや、スターレット、JOG等々が続々登場する。当時の現物を集めるのは至難の業だったそうだ。80年代の小道具は今、手に入るものが少なく、捜索に装飾スタッフが奮闘。監督ご所望のブーツジョッキは数がなく、ドイツから取り寄せた。エアジョーダン・ファーストも使用前使用後の2足をそろえるのにひと苦労。パソコンも、博物館以外で持っているお店はほとんどなく、八方手を尽くした結果、個人のコレクターの方から借りることができた。クリスマスシーンで、3日間かけて作られたツリーは、当時はまだLEDがなかったため、豆電球仕様で、今と比べるとやや地味なところを正確に再現している。だが、筑波のホテル前に特別に作られたツリーを地元の人たちはセットと気づかず、ホンモノのツリーが立ったと楽しんでいた。あの時代に活躍した俳優たちも多く参加。鈴木の静岡の上司役に、80年代からお笑い界を牽引しているとんねるずの木梨憲武、美弥子の両親は、ヒットドラマで、劇中の会話でも何度か登場する「男女7人夏物語」「男女7人秋物語」に出演していた片岡鶴太郎と「〜秋物語」に出演していた手塚理美が演じた。堤は、当時、とんねるずとも片岡ともバラエティーの仕事をしていたので、現場は「あ、うん」の呼吸で進んだ。特に木梨は、宴会部長的なキャラクターをあっという間に作りあげ、現場の熱をあげた。あまりの声の大きさに録音技師が木梨の音だけ少し絞る指示を出していたほどだ。木梨は撮影の合間は、堤と80年代の思い出話で盛り上がっていた。例えば、鈴木の乗ったJOGを見た木梨は「うちの自転車店で売っていたし、ぼくも乗っていた」と懐かしんだ。また、鈴木がつけているテレビの中で C-C-B が歌っている番組は、80年代を代表する日本テレビの歌謡番組「ザ・トップテン」(81〜86)である。

車 本作には、80年代一世を風靡した名車が続々と登場する。

スターレット

今作では実際に走行するシーンが多いので、エンジンが元気なもの・ノーマル(加工改造がされていない)車を条件に、劇用車担当が日本全国の旧車を扱っている車屋、業者、旧車に詳しい一般の方から情報を集め、名古屋の知り合いの業者から購入したもので、加工(改造)が施されていたものを取り外し、使用している。カセットデッキは別途取り付けて使用しており、正常に作動するものを見つけ出すのに一苦労だったそうで、なんとかレンタル品を見つけ、スターレットに取り付け使用。撮影終了後また取り外し、返却したそうだ。

ミラクオーレ

スターレットよりも小さい車がよいという堤からのリクエストがあり、条件に見合う、エンジンも元気な当時の車で現存している車種は何か、どこにある?というところからはじまり、こちらも同じく劇用車担当が日本全国から情報を集め、業者専用のオークションで購入。車種選びからはじまり、条件を満たすものを探し出すのは、スターレットを見つけることよりも大変だったという。堤よりボロボロの車がよいというリクエストもあった為、サビ塗装をし、汚れた車に加工し、使用している。

JOG

堤より、JOGがいいというリクエストがあり、制作部がインターネットで検索し、中古販売店を探し出した。販売店自体は都内にあるのだが、そのお店に1台だけしかないJOGは都内には置いておらず、撮影前に軽トラで茨城県高萩市まで取りに行き使用していた。

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